「謂れのない汚名を後世に晒した悲劇の女・千姫」 その31

『千姫は本多家へ入輿』

あらためて「ちよぼ」に手紙を送って確かめると、千姫は忠刻なら嫁いでいいという。

そこで急遽、桑名から忠刻と母・熊姫を駿府に呼び寄せた。

本多忠刻(1596-1626年)
ho.本多忠刻

歳は母子ほどに離れているが、熊姫も千姫もともに家康の孫娘、ふたりは従姉妹の関係にあり、

家康がことのほか千姫をかわいがっていることを熊姫もよく知っている。

千姫が母・おごうに似て美人であるというのも聞いている。

否応がある筈もなく、母子はふたつ返事でいただかせてくださいといった。

満徳寺のほうは、誠にいいかげんではあるが、寺法を短期に改めさせたという。

家康の病状は、その後いっこうによくならず、4月17日に臨終を迎えた。

一家一族はしばし喪にふくさねばならない。

忌日が過ぎた9月の吉日に、千姫は桑名の本多忠刻に入輿ということに決まった。

噂は江戸にいた坂崎直盛の耳にも入った。

直盛は千姫を正室に迎えることになると思い込んでいたのは事実で、千姫が本多忠刻に嫁ぐこと

になったのを知って、直盛は心底激怒した。

武士の面目が丸潰れになったと思った。かくなるうえは、断じて捨て置くわけにはいかない。

桑名に向かっている行列を襲って千姫を奪い。刺し違えて死のう。

直盛はそう決意して、家老をはじめとする主だった家来を集めてその旨をつげ、手伝ってくれと

いった。



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                 <参考文献:戦国女人抄おんなのみち(佐藤雅美著)>
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