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「謂れのない汚名を後世に晒した悲劇の女・千姫」 その38

『千姫の幸と不幸』

千姫が姫路に住むようになってから5ヵ月が経った元和4年2月1日、千姫(この時、22歳)

は女子を生んだ。

名は曽祖父・忠勝から一字をとって「勝」と名付けられた。後に、鳥取の池田光政に嫁いでい

ます。

千姫化粧櫓(姫路城) (姫路城登城記は「こちら」です。)
hi.姫路城 化粧櫓

翌年の元和5年、千姫はまた子供を生んだ。

待望の男子で、名は「幸千代」と名付けられた。

幸千代が生まれた月日は不明ですが、喜びもつかの間、2年後の元和7年12月9日にわずか3

歳で死去しています。

千姫の不幸はその後も続き、好きで一緒になった相手と、ともに白髪になるまで暮らすことがで

きず、忠刻は寛永3年(1626年)5月、父・忠政に先立ち死去する。

忠刻31歳、千姫30歳の時のことで、もはや子を生むことができない千姫は幼い娘・勝を姫路

に残して江戸に帰っています。

母・お江も、その9月に亡くなっていて、江戸に帰り着いたのは、お江の死後2ヵ月後の11月

のことでした。

江戸に戻った千姫はしばらく母がいた西丸で暮らしたが、三代将軍・家光の計らいで、千姫のた

めに新しく建てられた竹橋の屋敷に移った。

そして、江戸に戻って40年、寛文6年(1666年)齢70、古希でその身をまっとうしてい

ます。



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                  <参考文献:戦国女人抄おんなのみち(佐藤雅美著)>
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