『女城主・井伊直虎』 その37

『信玄の南下』

信玄は信長と同盟する徳川家康を目前の敵とした。

その家康VS信玄の三方ヶ原の戦いの2ヵ月前の元亀3年10月22日、井伊家の分家である

井平氏の支配地、信玄本隊とは別行動をとる山県昌景が率いる5千の軍勢に蹂躙された。

武田信玄(甲府駅前)
ta.武田信玄(甲府駅前)

山県昌景は井伊谷から東三河に入り、鳳来寺街道を長篠から山吉田を通って遠江に侵攻しよう

とした。

この街道は井平、井伊谷、金指を経由して三方原へと続いていた。

山県はまず、山家三方衆の道案内で井伊谷3人衆のひとり、鈴木氏の本拠地である山吉田の

柿本城を囲んだ。

この時、柿本城は普請中で本丸は塀ができていたが、二の丸は工事前で仮柵で囲ってあるだ

け。

とても籠城できる状況になく、兵も5百しかいなかった。

しかも3人衆の中心にいた鈴木重時は、3年前の堀江城攻めで銃弾を受けて死亡し、家督を

継いだ重好はまだ15歳であった。

幸い山家三方衆のひとり、菅沼定仙が死んだ重時と親しかったことで和議を申し入れ、人質

を出して開城した。

重好主従は国境を越えて井平城を頼った。

重好の叔父、つまり重時の2人の弟・出雲守と重俊が井平城にいたからです。

井平城では井伊谷3人衆が山県勢の襲来を予測して、まだ若い井平直成を助け、菅沼俊之、

近藤石見守らが応援に駆けつけていた。

おそらく直虎もわずかな兵を出して、若い分家の城主を励ましたことでしょう。



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                  <参考文献:女城主・井伊直虎(楠戸義昭著)>
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