「小田原後家(督姫)の割り込み先」 その6

『相続問題』

池田輝政は慶長18年に50歳で没する。

輝政も晩年には富子(督姫)への遠慮もかなぐり捨てたようで、数人の女に手をつけ、女、女、

男、男とさらに4人の子をもうけています。

池田利隆(1584-1616年)
ik.池田利隆

輝政が死ぬと当然のことながら、その跡は先妻・糸子の嫡男・利隆が継いだ。

播州一国は52万石。

富子の子・忠継は備前28万石、つり合いがとれない。

富子は当然そう思う。

父・家康に掛け合い、家康は播州52万石のうちから、宍粟、赤穂、佐用のうちから、合計10

万石を割譲させて忠継に与える。

利隆は52万石から42万石になった。面白くはない。

だが、家康や富子に面と向かって盾をつくこともできない。

そこで、だったら自分もちょっぴりだが、わがままをさせて貰おうと、豊後岡にいる母・糸子に

帰って来てもらいたいと声をかけた。

中川家3代目の秀成(糸子の弟)は輝政の仕打ちをあまりといえばあまりと、憤慨し池田家と絶

縁していた。

その秀成も慶長17年に死に、当代は4代目の久盛となっており、話は久盛にあげられた。

なにを今さら、という思いが久盛にはあり、利隆の要請を頑なに拒んだ。

また、糸子も今さらといって首を縦に振らなかった。



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                  <参考文献:戦国女人抄おんなのみち(佐藤雅美著)>
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