FC2ブログ

小田原平定 その52

『後北条軍は総力戦の竹槍部隊』

組織原理がまったく異なっていたとは、どういうことのあったのか。

秀吉の軍隊は、所領に束縛されることなく自由に動ける組織の訓練された軍隊であり、氏政の

軍隊は、所領に束縛されて自由には動けない未組織の軍隊であったのです。

小田原城隅櫓
od.小田原城隅櫓 20110717 001

氏政の軍隊は、鍬や鎌まで持ち出して所領から徴収された武士とそれに隷属する百姓の軍隊

であり、その姿は、まさに本土決戦ともいうべき総力戦の竹槍部隊であった。

もちろん十分に訓練などを受けているはずがなかった。

これに対して、秀吉の軍隊を構成していた武士と農兵は十分に訓練されていた。

それは近代兵器ともいうべき鉄砲と大筒を主体とした機械化された軍隊であった。

さらに武器や兵糧の調達輸送を担当した後方部隊の組織も、秀吉と氏政とでは、まったく違っ

ていた。



ランキングに参加しています
にほんブログ村 歴史ブログ 戦国時代へ

いつもありがとうございます。


20190817.jpg



<参考文献:日本の合戦(新人物往来社)>
関連記事
スポンサーサイト



テーマ : 歴史雑学
ジャンル : 学問・文化・芸術

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

piglet01

Author:piglet01
Piglet01のブログへようこそ!!


平成26年6月30日に100城を制覇しました!

城郭ライトアップの撮影にチャレンジします。


「日本百名城塗りつぶし同好会」にも参加しています。

会員番号:908です。

日本百名城塗りつぶし同好会

パーソナルURLは、「リンク」の「日本百名城塗りつぶし同好会」からお願いします。


*参考文献:日本100名城公式ガイドブック、Wikipedia



ランキングに参加しています

人気ブログランキングへ







20140816 郡上おどり 002-1
I LOVE 郡上おどり













最新記事
カテゴリ
FC2カウンター
リンク
月別アーカイブ
検索フォーム