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月山富田城の戦い その12

『元就の兵糧攻め』

毛利の大軍に囲まれ、孤立無援になった富田城からは、投降者が続出したが、はじめ毛利元就

は許さなかった。

月山富田城中山御殿跡(月山富田城登城記は「こちら」です。)
ga.月山富田城 002

これは城内の兵糧を少なくするためであったという。

ついで、これを許可したので、尼子累代の将も多く降った。

そこで、尼子義久の老臣・宇山久信(久兼)は、どうにかして、これを阻止しようとしたが、元

就が放った間者のため、

「久信は毛利氏に内応する意思がある」

とされ、永禄9年正月1日、ついに斬り殺されてしまった。

こうなっては、富田の命運は尽きたも同様であった。

10月の中頃になると、

「富田の儀、日ならずして一着必定候、23日以前にも、宗徒の者450まかり退き候」

という有様になった。

万策つきた義久は、11月21日、使者を元就の本陣に送って、

「身は籠城の兵に代わって自刃し、城を明け渡そう」

と申し入れた。

元就は

「尼子氏は累代、山陰の豪族である。たとえ、いま力尽きて、わが軍門に降りるとも、その門葉

を断絶させるに忍びない。どうか城を出て、安芸に来られ、平穏に余世を送られたい」

と答えた。

これは人間元就の涙ある態度なのでしょう。



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20191203.jpg




<参考文献:日本の合戦(新人物往来社)>


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