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上月城の戦い その4

『毛利の小手調べ』

年号は元亀から天正にかわった。

天正元年(1573年)12月、中山鹿介らは、尼子勝久を主将として但馬に入った。

柴田勝家(1522-1583年)
sh.柴田勝家 03

柴田勝家を通じて、織田信長の援助を受けたからであった。

しかし、この度もまた失敗して、京都に舞い戻った。

およそ2年半も因幡に進出していたところを察すれば、この第2回戦もよく戦ったといえるので

しょう。

なにしろ相手が毛利の両川(小早川・吉川)なのです。

ところで、因幡全体が毛利氏のものになると、毛利Vs尼子の対決ではすまされない。

織田と毛利の決戦にかわって行く。

鹿介らの因幡侵入は、信長からみれば、毛利に対する小手調べだったのでしょう。



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robin 20191208




<参考文献:日本の合戦(新人物往来社)>
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