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上月城の戦い その8

『尼子家再興ならず』

山中鹿介は、尼子勝久の前に出て

「武運は尽き果て申した。今は御自害あられますよう。それがしもお供仕るべきですが、うらみ

重なる吉川元春に、一太刀なりとも見舞わんと存ずれば、しばらく命を拝借いたしとうござる」

と言う。

山中鹿介(1545-1578年)
ya.山中鹿介 002


すると勝久は

「われ法衣をまとい、行脚雲水の間に生涯を終わるべき身であったのに、尼子家の主として、数

万の軍兵に采配をふるい、故山に尼子の旗を揚げることができたのは、一生の面目である。弓矢

とる命の何の心残りがあろうぞ、まして諸士の命にかわるのは、身の本懐この上もない」

といって、武人の花と散った。

尼子勝久この時、26歳。

天正6年(1578年)7月3日のことであった。

7月5日の上月開城をもって、尼子家再興の機会は永久に去った。

山陰の雄・尼子氏は、ついに復興することはできなかったのです。



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<参考文献:日本の合戦(新人物往来社)>
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