上月城の戦い その9
『七難八苦の生涯幕を閉じる』
山中鹿介は生き延び、西に送られた。
7月17日、備中の甲部川の渡しで川端の石に腰掛け、汗をぬぐっている鹿助の後ろから、岸辺
にかくれていた河村新左衛門が、とつぜん斬りつけた。
鹿介は浅手を追いながら、川へ飛び込み、向こう岸に渡ろうとしたという。
山中鹿介のお墓

そこへ福間彦左衛門が一番に飛び込み、鹿介を組み伏せ、ついに首をとってしまった。
また、新左衛門が鹿介に続いて飛び込んだが、逆に組み伏せられともいう。
これが事実なら、彦左衛門は2番手であったのでしょう。
ここに山中鹿介の七難八苦の生涯は、34歳で終わりを告げたのです。
一説には、39歳であったともいいます。
鹿介の墓は、その最後の地である甲部川の渡しの他、各地に残されています。
山中鹿介の往生ぎわの悪さをあざわらって、鹿介は死んでから「正真の天下無双」になったと、
当時の人はいったといいますが、これこそ鹿介が生前から、武名の誉れが高かったことを裏書
きしているのでしょう。
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いつもありがとうございます。

<参考文献:日本の合戦(新人物往来社)>
山中鹿介は生き延び、西に送られた。
7月17日、備中の甲部川の渡しで川端の石に腰掛け、汗をぬぐっている鹿助の後ろから、岸辺
にかくれていた河村新左衛門が、とつぜん斬りつけた。
鹿介は浅手を追いながら、川へ飛び込み、向こう岸に渡ろうとしたという。
山中鹿介のお墓

そこへ福間彦左衛門が一番に飛び込み、鹿介を組み伏せ、ついに首をとってしまった。
また、新左衛門が鹿介に続いて飛び込んだが、逆に組み伏せられともいう。
これが事実なら、彦左衛門は2番手であったのでしょう。
ここに山中鹿介の七難八苦の生涯は、34歳で終わりを告げたのです。
一説には、39歳であったともいいます。
鹿介の墓は、その最後の地である甲部川の渡しの他、各地に残されています。
山中鹿介の往生ぎわの悪さをあざわらって、鹿介は死んでから「正真の天下無双」になったと、
当時の人はいったといいますが、これこそ鹿介が生前から、武名の誉れが高かったことを裏書
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