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長宗我部元親の四国制覇 その50

『両軍激戦』

長宗我部勢の猛攻におされた三好軍の先陣の苦戦をみた三好(十河)存保は、本隊を率いて決

死の覚悟で駒を進めた。

長宗我部元親
ch.長曾我部元親 02

長宗我部・三好両軍の戦いの様子を『土佐物語』には

「元親は先手に軍(いくさ)始めたるを見て、旗の手を進め給へば、2万余騎一度に川へ打入

り渡す程に、さしも広き大河なれども、大勢に堰留められ、逆水岸に余り、流れ十万に別れ、

本の淵瀬は中々に、陸地を行くが如きなり。2万余騎の兵共、一騎も残らず向の岸に駆上る。

先手是に機を得て、先陣後陣一同に鬨を作りて進みければ、三好隼人正も相懸りて、互に数千

挺の弓・鉄砲を放懸け、鬨の声矢叫の声、山川に響き渡りておびただし。敵味方入り乱れ、手

負死人を顧みず、両虎二竜の闘にて、いつ果つるとも見えざりけり。去れども三好は小勢なれ

ば終(つい)に懸負け、色めき立ちて見えければ、元親大音上げ、茲(ここ)を揉めや者共と、

士卒の気を励し、隙透間(ひますきま)なく下知し給へば、さしもの三好も強勢を砕かれて散

々になりて敗走す」

と述べ、『昔阿波物語』には

「三好の先手百計(ばかり)は中富端まで押し寄せ候所に、土州の2万人は川の深きところも

浅き処も平に中富地へわたし申候。これを見て三好正安(存保)公、中富の尾迄(まで)御馬

を寄せられ候。先手百計(ばかり)の衆はとても叶ふ軍(いくさ)にてはなく候間、打死せん

とて刀をぬき、かね打して川中へ渡り入り候。正安(存保)も先手の衆よりも、一町ばかり東

へ御馬をめし候て、打死成され候はんと御意成され候を、臣下に東山備後と申すもの、年50

余りになる人壱人(ひとり)御異見仕り、御のき成され候」

と記している。



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robin 20200327




<参考文献:日本の合戦(新人物往来社)>
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