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明智光秀 season2 その13

『信長は狂的に執念深かった』

恨みを忘れない執拗さも信長の特性であった。

信長は柴田勝家と並んで彼の右の手のようであった老臣の佐久間信盛父子と林通勝・安藤伊賀・

丹波左近などを放逐しているが、その理由として7、8年から25年前の旧悪をひとつひとつ思

い出し処分しているのです。

荒木村重(1535-1586年)
ar.荒木村重 002

林通勝の罪案などは最もひどかった。

信長が箸にも棒にもかからない不良少年であった時代に、信長の弟・信行を押し立てて謀叛を企

てたのがけしからんというのであった。

その問題は当時に解決がしていて、通勝は忠義を誓い、信長はこれを許し、その後ずっと通勝は

軍功に励んでいるのです。

単に執念深いというだけではなく、狂的な執念深さなのです。

要するに信長は一旦彼に敵意を立てた者にとっては、心を許せる人ではなかったのです。

荒木村重は、この後、光秀の苦しい立場を思って、嫡子・村次の嫁を離縁して、光秀の元に送り

返しています。



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robin 20200719



<参考文献:武将列伝(海音寺潮五郎)>
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No title

こんにちは。。。
重臣の追放
もしかしたら月日が経つ内に鬱陶しくなってきたり
チョッとした気に入らないことからどうにかしたいと
思っていたところでなにかのきっかけがあって
(佐久間であれば本願寺攻めとか)
追放する言い訳にあれやこれやと過去のことも
付け加えて理由を膨らませて追い出した・・・
のかも?

鬱陶しいから追放した・・・はさすがにできなかったから?!
お邪魔いたしました。。。

ViVid Mr.K さま

ViVid Mr.Kさん、こんにちは。

そう鬱陶しいも多分にあったのでしょうね。
荒木村重さんなんかも鬱陶しい存在だったのかも
知れないですね。
光秀の謀反で怨恨説が大きな要因になっているのも
信長の気質によるところっが大きいのでしょうか。

この時代としては、カリスマ性が高過ぎたのでしょうねェ~
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