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島津義弘の関ケ原 その14

『関ケ原戦いの前夜 その9』

家康は義弘の手を握り、大目玉をむいて懇願した。

「惟新どの、お力を貸されよ。軽薄なる者たちが、世を乱しておりまする。今こそ、われら老輩が一

喝してやらねば百年の計を誤りましょうぞ」

伏見城(伏見城登城記は「こちら」です。)
fu.伏見城 003

「ならば、わしの役どころは」

「会津出征の折、空き城となる伏見城の留守居役をしてもらえぬか。信頼できるのは薩摩の惟新入道

どのだけじゃ」

「しかと心得た。たとえ五奉行なりとも城には入れもはん」

義弘は、何の疑心もなく引き受けた。

が、義弘はすぐに家康の変心を知ることになった。

伏見城留守居役の約束は、さっさと反故にされたのです。

義弘は武将としての面目を潰されたのです。

慶長5年6月16日、遠征軍を率いた家康は、大坂城を出て、伏見城に入った。

その夜、家康は別れの宴を張り、腹心の武将・鳥居元忠に守り刀を与えて下知した。

「すべてが敵と思え、伏見城は徳川家の出城ゆえ、たとえ島津義弘が城を渡せと申し立ても大手門を

開けてならぬ」

「良き宴でござる。われら、殿の命により城を枕に死ぬ所存」

城将の鳥居元忠は、家康より下された大盃を飲み干して快笑した



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robin 20210406





<参考文献:島津義弘(加野厚志・Wikipedia>
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