島津義弘の関ヶ原 その286
『武士の意気地を見るべし その32』
無足衆の藤井兄弟は、合戦前後の偵察行で手柄を立て、すでに義弘から知行地を与えられていた。
だが、兄弟そろって国の地を踏むことはできなかった。
牧田川

吾介は牧田川の畔で力つきた。銃創を受けても痛みを堪え、体中の血がすべて流れ出るまで走り抜
いた。
「俺(おい)が代わって前棒を持とう」
中島大蔵が、ひょいと山駕籠を担いだ。
巨漢の大蔵は200石どりの上士である。
他の担ぎ手の3人は無足衆であった。しかし、危急のさいは身分は問われない。
本多忠勝の追撃軍が、すぐ背後に迫っている。
そして、牧田川の対岸には井伊の騎馬隊が蹄(ひずめ)がひびいていた。
義弘は短く言った。
「走れ!」
山駕籠が上がった。
こんどは陣形を『逆矢』に組み替え、隊の後尾を矢先にして牧田川の土手を突っ走った。
山駕籠は速さを増した。
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いつもありがとうございます。

<参考文献:島津義弘(加野厚志・Wikipedia>
無足衆の藤井兄弟は、合戦前後の偵察行で手柄を立て、すでに義弘から知行地を与えられていた。
だが、兄弟そろって国の地を踏むことはできなかった。
牧田川

吾介は牧田川の畔で力つきた。銃創を受けても痛みを堪え、体中の血がすべて流れ出るまで走り抜
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「俺(おい)が代わって前棒を持とう」
中島大蔵が、ひょいと山駕籠を担いだ。
巨漢の大蔵は200石どりの上士である。
他の担ぎ手の3人は無足衆であった。しかし、危急のさいは身分は問われない。
本多忠勝の追撃軍が、すぐ背後に迫っている。
そして、牧田川の対岸には井伊の騎馬隊が蹄(ひずめ)がひびいていた。
義弘は短く言った。
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こんどは陣形を『逆矢』に組み替え、隊の後尾を矢先にして牧田川の土手を突っ走った。
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<参考文献:島津義弘(加野厚志・Wikipedia>
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