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楠木正成 その47

『坊門清忠の異議』

正成の進言策は、もっともな意見であったので、諸卿は

「合戦のことは武士こそ良く知っているのでありますれば、楠木の意見に従い申そう」

と言ったが、公家・坊門清忠がただ一人異議を唱えた。

坊門清忠(藤木孝さん)
bo.坊門清忠(藤木隆さん)

「正成が言うところ、一応の道理であるが、征伐の命を受けて出た将軍が一度も敵と戦わぬ前に、

朝廷が帝都を捨てて他に行くというのは如何なものであろうか。とくに本年は正月に尊氏が東国から

攻め上がった時、山門に行幸になっている。また行幸になっては、一年に二度も帝都を蒙塵されるこ

とになって、みかどの権威にかかわる。尊氏は九州の勢をつくして上洛して来るということじゃが、

なあに、この春、東勢を引き連れて来た時くらいのものであろう。あの時も、味方は勝ったのだが、

それは決して武士どもの武略によって勝ったのではない。みかどのご運が天命にかなっているためだ。

されば、帝都の外において戦ってしかるべし。敵を打ち破らんこと、疑いなきことである。早々、兵

庫にまかり下れ」

このことも太平記のみにありますが、事実だと思います。



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いつもありがとうございます。


robin 20221208




<参考文献:海音寺潮五郎(武将列伝)>
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No title

piglet01さん、おはようございます。

これこれ、
まあ面子とか、逆に奇策をもてあそぶとか
目的は何なんだってのはこの戦に限らないけど(第二次大戦でも..)
頼朝が朝廷と距離をおきたがったのがよくわかるというか
意見を言えばいいってもんじゃないというか百害あって一利なしの典型。
どうしても公卿とか朝廷はこのイメージがつきまとってます。

三島の苔丸 さま

三島の苔丸さん、こんにちは。
いつもありがとうございます(^^♪
公卿と朝廷は世襲の代表ですから、武家とは違いますよね。
公卿は様相を変えながら、つい最近まで途絶えてなかったのですから、生命力ありますネ。
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