加藤清正 Ⅱ その152
『明智軍の敗走』
この山崎の戦いは、なかなかの激戦であった。
秀吉方の中川瀬兵衛隊と高山右近隊が、ややもすれば明智勢に押しまくられそうになったので、秀吉
は堀久太郎隊を投じて補強し、自らは織田信孝隊と丹羽長秀隊と一緒に進んだ。
明智光秀の最後

この時、高山隊によって山崎の関所が閉ざされていたため、仕方なく淀川べりに布陣していた池田信
輝隊が、明智隊を横撃した。
力を出し尽くしていた明智隊は、乱れだし、敗走が始まった。
秀吉の運の良さであった。
山崎合戦に敗れた明智光秀はどうなったのか、皆さん良く知るところです。
彼はひとまず、戦場近くの勝竜寺城に入ったが、夜がふけるにつれて、心細くなった兵らが逃走が相
次いだ。
「これでは、ここでははかばかしい戦をすることは出来ぬ。一応江州までひらこう」
と、ほんの数騎を従えて、城を脱出し、桂川を渡り、伏見の北から大亀谷を通り、山科野に出ようと
して、その出口である小栗栖村を通った時、道に沿っている竹藪の中から、声もなく突き出された錆
槍が、脇腹を貫いた。
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いつもありがとうございます。

<参考文献:海音寺潮五郎「加藤清正」>
この山崎の戦いは、なかなかの激戦であった。
秀吉方の中川瀬兵衛隊と高山右近隊が、ややもすれば明智勢に押しまくられそうになったので、秀吉
は堀久太郎隊を投じて補強し、自らは織田信孝隊と丹羽長秀隊と一緒に進んだ。
明智光秀の最後

この時、高山隊によって山崎の関所が閉ざされていたため、仕方なく淀川べりに布陣していた池田信
輝隊が、明智隊を横撃した。
力を出し尽くしていた明智隊は、乱れだし、敗走が始まった。
秀吉の運の良さであった。
山崎合戦に敗れた明智光秀はどうなったのか、皆さん良く知るところです。
彼はひとまず、戦場近くの勝竜寺城に入ったが、夜がふけるにつれて、心細くなった兵らが逃走が相
次いだ。
「これでは、ここでははかばかしい戦をすることは出来ぬ。一応江州までひらこう」
と、ほんの数騎を従えて、城を脱出し、桂川を渡り、伏見の北から大亀谷を通り、山科野に出ようと
して、その出口である小栗栖村を通った時、道に沿っている竹藪の中から、声もなく突き出された錆
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<参考文献:海音寺潮五郎「加藤清正」>
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