加藤清正 Ⅱ その158
『江州長浜を勝家に』
所領分けでは、秀吉は江州長浜を、柴田勝家に譲り、光秀の所領であった丹波を自分のものにした
以外に、山崎の宝寺を城とする権利を得た。
長浜城(長浜城登城記は「こちら」です。)

秀吉は、山崎に城を持つことにしたのは、京都の近くに足場を持つことが将来のためとみたからで
す。
彼の領地は、播磨と丹波であり、姫路がその本拠ですが、姫路では京都から離れすぎるので、山崎
の宝寺を城とする権利を得たのです。
秀吉は、ここに居たきりで、姫路には当分帰らないことにしたので、清州から山崎に引き上げて来
ると、姫路に使いを出した。
その使いには清正が選ばれた。
「大体書面に書かせておいたが、なお汝(われ)が詳しく話してやるよう」
と言って、秀吉は手紙を渡した。
秀吉がとくに清正を選んだのは、母に会わせてやろうという恩情であった。
清正は感激して、姫路に急いだ。
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いつもありがとうございます。

<参考文献:海音寺潮五郎「加藤清正」>
所領分けでは、秀吉は江州長浜を、柴田勝家に譲り、光秀の所領であった丹波を自分のものにした
以外に、山崎の宝寺を城とする権利を得た。
長浜城(長浜城登城記は「こちら」です。)

秀吉は、山崎に城を持つことにしたのは、京都の近くに足場を持つことが将来のためとみたからで
す。
彼の領地は、播磨と丹波であり、姫路がその本拠ですが、姫路では京都から離れすぎるので、山崎
の宝寺を城とする権利を得たのです。
秀吉は、ここに居たきりで、姫路には当分帰らないことにしたので、清州から山崎に引き上げて来
ると、姫路に使いを出した。
その使いには清正が選ばれた。
「大体書面に書かせておいたが、なお汝(われ)が詳しく話してやるよう」
と言って、秀吉は手紙を渡した。
秀吉がとくに清正を選んだのは、母に会わせてやろうという恩情であった。
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<参考文献:海音寺潮五郎「加藤清正」>
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