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加藤清正 Ⅱ その339

『関白に故郷に寄ってもらいたい』

「・・・太右衛門、こちらは権左衛門、また、こちらは四郎左衛門であったな」

3人は泣かんばかりに感激の色を見せた。

「わたくしどもの顔ばかりか、名前まで覚えていていただいていたとは、ありがたいことでござい

ます。南無妙法蓮華経」

と、題目をとなえた。

加藤清正の馬印と旗印
ka.加藤清正の旗印と馬印

日蓮宗は、当時は尾張の国では最も信仰された宗旨であった。

この地方から興起した織田信長は、自身は徹底した無信仰者で、全然神仏を信ぜず、信じるところ

は自分だけだという一種の虚無主義者であったが、その家の宗旨は日蓮宗であった。

「南無妙法蓮華経」

清正もとなえた。

名主らは一層親しみをおぼえた風であった。

「さて、そうしてわざわざ来たのは、おりいっての用談があってのことであろう。話してみやれ。

遠慮はいらぬ」

と、清正がうながすと、名主はなつかしい古里なまりの言葉で、訥々(とつとつ)と言った。

「関白殿下や、殿様のような方々をお出し申して、わが中村は近所の村々に対して、肩身の広いこ

とである。この度は、殿下が関東から奥州まで平定された。これで日本は北は奥州の浜から南は薩

摩潟まで、殿下のご領となり、われらのはるか先祖の代から戦乱が絶えることがなかったのが、吹

く風枝を鳴らさぬ太平をことほぐことになった。わたくしども百姓の喜び、ありがたさは申し上げ

る言葉もないほどである。ついては、こんど殿下が京へご帰還になるにあたって、村の近所をお通

りになることであるから、ぜめて半日でも、一日でも、道をまげて村にお立寄りくださるわけには

行かないであろうか。そうすれば、村人らの喜びはこの上もない。村の者どもは、老若男女を問わ

ず、それを願って、わたくしどもに、ぜひお願いに上げれと申して止みませんので、恐れ多いことな

がらこうして上がった。ぜひ殿様から、わたくしどものこの心持を殿下に言上なされくだされて、お

願い申し上げていただきたい。伏して懇願するところであります。」

と言うのであった。



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robin 20231207




<参考文献:海音寺潮五郎「加藤清正」>
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