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加藤清正 Ⅱ その404

『貴田孫兵衛』

さらに進軍し、少し行くと、物見に出ていた木村又蔵が帰って来た。

「ここは京城の南東にあたりますが、京城より見て東北の方の遠山に旗印がおびただしく見えます

のは、小西の軍勢と見えます。お急ぎあるべし」

崇礼門(南大門)
su.崇礼門(南大門)

清正は、軍勢が急ぐように言いつけておいて、木村とともに駆け抜けて進むと、京城の町が見えた。

城壁があり、その城壁の外周りに人家がびっしりと並んでいる。

清正も釜山上陸以来、ここまで来る間に、日本の城と違って、朝鮮の城とは、町全体を取り巻く城

壁のことを言い、その城壁の内にも外にも町があることを知っている。

「あれこそ、当国の都ぞ! 者ども急げ!急げ!」

と、軍勢に指図をしておいて、家来の貴田孫兵衛を呼び寄せた。

貴田孫兵衛は、豊前の彦山の麓、槻村の百姓で六助といったが、剛力無双で、秀吉の九州征伐の時、

御前角力で勇力をあらわしたので、武士に取り立てられ、貴田孫兵衛と名乗って、清正に仕えるよう

になったという伝説の人物である。

清正は孫兵衛を呼ぶと、立ちながらさらさらと一通の書状を書いた。



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robin 20240212




<参考文献:海音寺潮五郎「加藤清正」>
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