立花一族 その6 「宗麟家臣の謀反」

『宗麟家臣の謀反

宗茂の実父・高橋招運も名将の名の高い人であった。

招運は大友家の支族で老臣である吉弘鑑理(あきまさ)の子です。

戦国末期の高橋家の当主は鑑種(あきたね)といい、勇敢な武将であったので身代を大きくしていたが、

主人・大友宗麟を恨んで謀反を起こしています。

鑑種の実兄・鑑実(あきざね)の妻が非常に美人であったので、宗麟はこれに横恋慕し、鑑実を抹殺して

奪ってしまった。

「あろうことか、人の主たる者の振る舞いではない。主とは言わさぬ。兄の仇じゃ!」

と恨んだという。

龍造寺隆信(1529-1584年)
ry.龍造寺隆信

鑑種は筑前秋月の秋月種真、肥前佐賀の龍造寺隆信としめし合わせて兵を挙げて、宗麟の軍勢を引き

付けておき、中国の毛利氏に連絡し、毛利の大軍を今の小倉近くの海岸に上陸させた。

大友家としては未曾有の大難になったが、この頃には立花道雪がまだ健在であったので、自ら先陣とな

って毛利の大軍を斬りくずし、同時に調略を入れて毛利陣中に裏切りをさせたので、毛利勢は退去した。

高橋鑑種は、大宰府近くの持城宝満山に篭っていたが、ついに降伏を申し込む。

宗麟は降伏を受け入れ助命して、所領全部を没収し、小倉城一つ与えた。鑑種は、入道して宗専と名のっ

ていたが、まもなく家老の北原鎮久と不和となっていく。


今日は松山に出かけますので、明日の記事で、松山城を紹介できると思います。

pig 20120107 001

ランキングに参加しています
にほんブログ村 歴史ブログ 戦国時代へ
にほんブログ村

いつも応援ありがとうございます。

『戦国クイズ』

≪昨日の解答≫
昨日の正解: 慎み人の話を聞く
         立花千代は、立花道雪(戸次鑑連)の一人娘として誕生。
        名前に含まれる「」の字は“慎み人の話を聞く”という意味合いを含めて父・立花道雪
         が名付けたそうです。
         さて、千代さんは“慎み人の話を聞く”に育ったのでしょうか。

≪本日の問題≫


                                  <参考文献:武将列伝(海音寺潮五郎暑)>
関連記事
スポンサーサイト

テーマ : 歴史雑学
ジャンル : 学問・文化・芸術

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

piglet01

Author:piglet01
Piglet01のブログへようこそ!!


平成26年6月30日に100城を制覇しました!

城郭ライトアップの撮影にチャレンジします。


「日本百名城塗りつぶし同好会」にも参加しています。

会員番号:908です。

日本百名城塗りつぶし同好会

パーソナルURLは、「リンク」の「日本百名城塗りつぶし同好会」からお願いします。


*参考文献:日本100名城公式ガイドブック、Wikipedia



ランキングに参加しています

人気ブログランキングへ







20140816 郡上おどり 002-1
I LOVE 郡上おどり













最新記事
カテゴリ
FC2カウンター
リンク
月別アーカイブ