前田利家 その4 「かぶき者・利家」

『かぶき者・利家』

1554年、前田犬千代は改めて元服すると、孫四郎と名乗ります。

1556年8月、信長の庶兄で那古屋城主・信広が、信長同腹の弟で末森城主・信行と共謀して叛いた。

信長は、これを尾張稲生で討ちます。

19歳の前田孫四郎は、この合戦において敵将・信行の小姓頭・宮井勘兵衛の放った矢を右眼の下に受

けたが、ひるまず勘兵衛を槍に付き伏せてその首級を取った。

信長はその首を手掴みにすると、馬上で振り回しながら

「これ見よ者ども! 犬千代は小せがれながら、あっぱれ勘兵衛の首を取ったぞ。みな、みな負けず働け

励め!」

と大音声に呼ばわって味方を鼓舞した。

ma.前田利家 004

味方が7・8百、敵は3・4千の大軍であったが、これを見て味方は勇気百倍し、敵の大軍を攻め崩した。

1558年8月、信長が尾張岩倉城を討ったときも、前田孫四郎はまた首一級をあげた。そしてその同じ年

に、さらに名を改めて前田又左衛門利家と称した。

この時期の利家は、世間や常識に対して反骨すね者の意地を貫き、異様な風態を好むかぶき者であり、

短気で喧嘩っ早い暴れ者でもあった。

槍が得意で、その槍も派手なこしらえの物を手放さず、遠くから見ても「又左の槍!」とわかって、人々は

急いで道を避けたという。

この1558年に、利家はお松と婚礼を挙げています。

お松の母は、利家の母の姉であったから、2人は従兄弟同士で、子供の頃から良く知っている幼馴染で

あった。

結婚したのは、利家が21歳で、お松が12歳という9歳違いであった。

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『戦国クイズ』

≪昨日の解答≫
昨日の正解: かぶき者
         利家は傾奇者の風潮を好み、若年の頃は女物の着物や動物の毛をあしらった着物など
         の派手な格好に、腰には赤鞘の太刀をぶら下げ、常に途方も無い長さの朱槍を携えて
         いたので、かぶき者といわれたという。

≪本日の問題≫


                                     <参考文献:前田利家(井口朝生暑>
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No title

十二歳・・・
今なら、犯罪ですねぇ。

利家、戦国時代で良かったね。

ぴゆう さま

> 十二歳・・・
> 今なら、犯罪ですねぇ。

おっ、確かに犯罪ですね。
ほぼ、全員が犯罪者かも・・・
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