前田利家 その11 「姉川の戦い」

『加賀百万石の礎を築いた前田利家』

「姉川の戦い」

荒子城主になった利家は、信長配下の部将として着実に戦国大名への道を辿るようになったのであるが、

部将としての働きよりも相変わらず「槍の又佐」らしい武者働きの方が目覚しかった。

1570年6月、信長が徳川家康と江北姉川において、越前の朝倉義景、江北の浅井長政の連合軍を撃破

した。

これが姉川の合戦ですが、この合戦は浅井方と織田方では野村合戦と称し、朝倉側では三田村合戦と呼

ばれ、徳川が姉川合戦と称した。後世、徳川の天下になったことから、世に広く姉川合戦の名称となった。

利家はこの姉川合戦においても武功を立てた。

朝倉義景(1533-1573年)  浅井長政(1573-1573年)
  as.朝倉義景    as.浅井長政 001

続いて大和で三好長慶が叛き、大坂で石山本願寺の光佐がこれに呼応した。

信長の命により、佐々成政らが対峙した。

敵の門徒兵が砦から出てきて、田の稲刈りを始めた。佐々成政たちは攻撃にかかったが、これは敵の計略

であったので、門徒兵は多数の鉄砲でいっせいに猛射された。

佐々成政ら寄せ手は不意の攻撃で多大の損害を受け四分五列して退却しなければならなかった。

利家は一人で後衛を引き受けると、追尾して襲い掛かる門徒兵に対し槍をふるって力戦奮闘したが、何しろ

多勢に無勢です。譜代の家臣・村井長頼が加勢に駆けつけて来て、やっと危急を脱して帰陣できたという。

利家ひとりの武者働きによって総崩れを食い止めたということで、信長から

「日本無双の槍」

とまで激賞されたくらい、当時大評判になったという。

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『戦国クイズ』

≪昨日の解答≫
昨日の正解: 野村合戦
         姉川の戦いは、1570年7月30日に近江浅井郡姉川河原(現在の滋賀県長浜市野村町付近)
         で行われた合戦です。
         「姉川の戦い」という呼称は徳川氏の呼び方であり、布陣した土地名から織田、浅井両氏の間
         では「野村合戦」、朝倉氏では「三田村合戦」と呼んだという。

≪本日の問題≫


                                     <参考文献:前田利家(井口朝生暑>
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強風の方は大丈夫でしたか?
4月と言うのに、今夜は暖房が欲しいくらいです。

あず さま

こんばんは、

高知の方は如何でしたか?
早めに帰りましたので、傘を飛ばすことなく帰れました。

やっと桜が咲き始めましたので、今週末が花見によさそうです。
高知に遅れること10日くらいでしょうか。
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