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百名城71 福山城

幕府の西国監視の最前線を担った城

『伏見城からの移築と伝わる三重櫓と櫓門が現存する』

徳川家康の母方縁者であった水野勝成が1619年に入封し 海陸路の要衝地である福山の地に築城し徳川

幕府の西国経営のの拠点として重要な位置とされた

京都の伏見城や近くの神辺城の建物が移築されたといわれ 伏見城から移築されたとされる「伏見櫓」が現

存している

天守は五重六階地下一階の層搭型で 北側の外壁が防御のため鉄板で覆われていたという唯一の例である

明治維新後も天守をはじめ多くの建物が残ったが その殆どが1945年の空襲で焼失 1966年天守や

御湯殿などが鉄筋コンクリートで再建された

≪登城余記≫
登城55城目です
広島から電車で90分くらいです 城は福山駅前にありますので 電車での移動でも楽に登城できます
土曜日の登場でしたが 鉄筋コンクリートの天守以外は公開されていなくて残念でした
帰路は 福山駅前から広島空港行きのリムジンバスに乗り 所要時間は60分でした
スタンプが設置してある料金所の方が とても親切な方で スタンプも良好でした
★★★☆☆
福山城01

筋鉄御門
伏見櫓と共に伏見城から移築されたとされる筋鉄御門は 入母屋造の渡櫓門である
福山城03
<クリックで拡大します>

筋鉄御門
柱の角に筋鉄を施し 扉に数十本の筋鉄を打ち付けているため その名が生まれたものである
筋鉄御門扉
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伏見櫓
矩形の二階櫓の上に望楼を載せた三重三階の古式な櫓で 伏見城松の丸東櫓を移築したものと伝えられる
福山城04
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鏡櫓
天守と共に再建された
福山城05
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御湯殿
京都伏見城内にあった豊臣秀吉の居館を移した伏見御殿に付随した建築で国宝に指定されていたが 戦災
で焼失し天守閣と共に外装・内部ともに復元されているが 内部は見ることはできなかった
福山城07
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天守北側
外壁が防御のため鉄板で覆われていたという 天守の北側
福山城11
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(登城日:平成22年2月6日)
71 福山城

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