「夫への愛を貫きとおしたガラシャの娘」 その4

『藤吉郎は武将に』

藤吉郎は、百人組足軽頭でしかないが、異能の才のある人傑だ。

かつて藤吉郎は蜂須賀小六の家で居候として飯を食っていたこともあり、異能の才があることを

小六は当時から認めていた。

蜂須賀小六(1526-1586年)
ha.蜂須賀小六

この際、藤吉郎を大将に担ぎ上げ、われらは陪臣となって信長に仕えよう。

そうすれば信長とぶつかることはない。信長との嫌なことはすべて藤吉郎が処理してくれる。

小六と小右衛門はそう考え、墨俣城築城ができたあかつきには、自分たち2千人の川並衆は藤吉

郎の家来になる。

そんな心積もりで築城に協力したという。

墨俣城築城は藤吉郎の構想どおりに運んだ。

さすが一日では出来上がっていませんが、敵の襲撃を撃退しながら、3日でほぼ築城したという。

4日目に信長がやって来て小六と小右衛門に感謝した。

その時、小六は

「われら両人、このまま藤吉郎の下で働かせていただきとうございます。よろしゅうございましょ

うか」

信長はあっさりと

「好きにするがよい」

昨日まで百人組足軽頭に過ぎなかった一僕の侍、木下藤吉郎は墨俣に一夜城を築いたどさくさに、

2千余の家来を抱える武将になってしまったのです。

柴田勝家、丹羽長秀、佐久間信盛、滝川一益などの有力武将と肩を並べるにいたったのです。

このことは柴田勝家らにとっては苦々しい限りであった。



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pig 20170411



               <参考文献:戦国女人抄おんなのみち(佐藤雅美著)>

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「夫への愛を貫きとおしたガラシャの娘」 その3

『墨俣一夜城』

信長から墨俣城築城を命じられて、藤吉郎は構想を立てた。

木曽川には松倉という大きな島が浮かんでおり、河原は松原になっている。

その松原を目隠しにして、松倉で墨俣城築城に必要な木材を寸法どおりに切り刻んでおく。

木材は木曽川の上流で伐採し、松倉に流す。

築城には麻縄、藤つる、手斧、鋤、鍬、もっこいなど建築材料も必要である。

墨俣城模擬天守
su.墨俣城 003

そのほか、邪魔をしかけて来るに違いないから、米、味噌、塩など食料、炊飯、料理する鍋、お椀

や寝るための布団、等々いろいろ欠かせない。

それらをあらかじめ用意しておいて一夜で墨俣に運ぶ。

そして城を築きながら敵の襲撃を防ぐ。これらには何千人という人手が必要である。

尾張の北から木曽川沿いにかけて、川並衆とも河内衆ともいわれていた地侍が約2000人ばかり

いて、蜂須賀小六はその魁首、小右衛門は副首という立場にあった。

信長から墨俣城築城を命ぜられ、築城の構想を立てた藤吉郎は小六と小右衛門をたよった。

小六と小右衛門もいい歳になっていて、いつまでも無頼風来の徒でもあるまいと行く末を案じるよ

うになっていた。

藤吉郎から墨俣に一夜城を築きたい、手を貸して貰いたいと必死の懇願があって、そういうことな

らと、小六と小右衛門は引き受けることになった。



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pig 20170410




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「夫への愛を貫きとおしたガラシャの娘」 その2

『信長の美濃攻略』

前野但馬守長康はもともと尾張の北の木曽川沿いをうろついていた風来者で、義兄弟の兄貴分、

蜂須賀小六と一緒に、主取りせずに好き放題に生きていたという。

尾張の南にいた織田の一族の小せがれ信長が、あれよあれよという間に勢力を伸ばし、尾張一円

を支配するに至った。

小牧山城
ko.小牧山

信長の次なる目標は美濃であり、尾張北東の小牧山に城を築き、美濃攻略に乗り出した。

もはや尾張に信長にとってかわる者はなく、当時、小右衛門といった前野長康の親兄弟は、小牧

山に出向いて信長に頭を下げ、信長の家来になるようにと勧めるが、小右衛門も小六も信長に仕

えるのを敬遠して背を向けた。

小牧山には出向かず、信長の美濃攻略を横目に無頼風来の徒であり続けた。

信長の美濃攻略ははかばかしく運ばなかった。

美濃の総大将は東濃の稲葉山城に本拠をおく斎藤義龍で、義龍を総大将とする美濃の諸将は勇敢

果敢で、信長の攻略をことごとく跳ね返していた。

美濃の西に西美濃3人衆という3人の有力武将がいた。

稲葉山と西美濃3人衆がそれぞれ構える城との間に墨俣という戦略的拠点があり、そこに楔を打

ち込むように城を築けば義龍と西美濃3人衆を分断できる。

信長はそのことを早くから気づいており、何度か墨俣城築城を試みたが、ことごとく失敗。

この墨俣城築城を信長は、あらためて当時、木下藤吉郎といった秀吉に命じた。



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pig 20170404


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「夫への愛を貫きとおしたガラシャの娘」 その2

『於長の縁談』

玉は信長のお声がかりで、16歳のときおなじ歳の忠興と結婚し、翌年に於長という娘を生み、続

けて熊千代(後に与一郎)、与五郎、光千代とたてつづけに男子を生んだ。

熊千代、与五郎、光千代の男子3人は父・忠興とともに京に移り住みだが、娘は手元に置いて大坂

玉造の屋敷に住まわせた。

細川幽斎(1534-1610年)
ho.細川幽斎

玉の舅、隠居の細川幽斎は千本の屋敷ではなく、京の東の吉田神社の傍に隠居にふさわしい居を

構えていた。

その幽斎があるときひょっこり大坂まで下ってきた。

このとき幽斎は8歳の於長に縁談を持ってきたのです。

大坂城の普請が始まって3年が経ち、聚楽第はまだ半ばしか出来上がっていなかったこの年、天正

14年9月のことで、於長はまだ満で7つであった。

むろん、すぐに祝言という訳ではなく、年頃になったら嫁ぐということで、とりあえず縁談をまと

めておこうということです。

「お相手は?」

「前野但馬守殿のご嫡男小太郎殿だ」

舅と前野但馬守が親しくしているのは知っている。しかし、玉と前野家とは交流はなく、嫡男がい

るというのも初めて聞く。

「おいくつになられるのですか?」

「16だ」

「8つ違いでございますね」

「殿(忠興)の御意向は?」

「わたしに任せるとのことだ」

「義父上がおっしゃることに間違いがある筈がございません」

幽斎は当代きっての教養人で、むろん玉は幽斎のことを深く敬愛している。

「万事、お任せいたします」

といって玉は横を向いて話しかける。

「よろしいね」

於長はか細い声でいう。

「わたしに異存はございません」



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pig 20170403





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「夫への愛を貫きとおしたガラシャの娘」 その1

『秀吉に振り回される大名たち』

天正11年(1583年)4月、秀吉は賤ケ岳で柴田勝家を破った。

天下統一はまだ先のことでしたがその年の9月に、秀吉は天下人にふさわしい城、大坂城の普請

にとりかかり、家来に城の周辺に土地を与え、屋敷を建ててそこに住まわせようにと命じた。

豊臣秀吉(1537-1598年)
to.豊臣秀吉 小

信長の家来から秀吉の家来の一人になった、丹後国宮津に城を持つ大名・細川忠興は城の東、

玉造に土地が与えられ、忠興はそこに屋敷を造営して妻子を住まわせた。

2年後の天正13年7月、秀吉は関白になるとすぐ御所の西、内野というところに、御所とほぼ

同じ規模の新邸の創建をはじめた。

のちに聚楽第と命名される豪奢な、城といっていい規模の新邸であったが、家来に同じく周辺に

屋敷を建てて妻子をそこに住まわせるよう命じた。

細川忠興は聚楽第の北の西、千本通り沿いに屋敷を構えた。

大坂城や聚楽第の周辺に家来の妻子を住まわせたのは人質という意味を込めてのことですが、

江戸幕府の参勤交代制による、妻子の江戸強制居住ほど厳しくはなく、そのまま大坂に居残る

妻子もいた。

細川忠興の妻・玉もそうで、玉は大坂玉造に本拠をおき、京の千本の屋敷にはたまに出かけていく

程度であったという。

玉は洗礼名をガラシャという敬虔なキリシタンで、大坂にある教会に通っていて、京に生活の本拠

を移すわけにはいかなかったのです。



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pig 20170402





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平成26年6月30日に100城を制覇しました!

城郭ライトアップの撮影にチャレンジします。


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*参考文献:日本100名城公式ガイドブック、Wikipedia



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